この記事は気色が悪いです。女性の方がお読みになるのを、あまりお勧めできません。
それでもよければご覧ください。
◇
最近は家に籠ってNETFLIXばかり見ている。はっきり言ってロクでもない生活だ。常にアニメを垂れ流し、気が向いたら洋画を見て、食事の際にはバラエティの音が延々と響き渡る。実に空虚である。人である素晴らしさとか、存在意義とか、なんのために生きるのかとか、そういう考え事をしていた僕の情熱および真面目さは、いつの間にやら燃え尽き、灰になって、冬の最後の悪あがきのような、からっ風に吹き飛ばされてしまったみたいだ。
それにどうやら学生生活も上手くいってないようで、春休みに入りはしたが、全くもって勉学にも励めず、交友を広めていく気配もない。今、手元にあるもので満足してしまっている。無気力で、懶惰だ。これでは生きている意味がないじゃないか。
交友と言う面でいうなら、春休みに入るまでの学生生活も散々である。決まった男子の友人としか話さない、そうだ、浮ついた話が一つも無いのだ。男子学生であるということは、それ即ち、有り余るほどの三大欲求の一柱をひた隠しにし、それでも隠しきれず漏れ出てしまう、その姿がまるで僕らの祖先のようであることから人呼んで「猿」、そういうものであるはずだ。
それなのに!!!
女子と全く話さないとはなんなんだ、もう少し会話を試みたっていいじゃないか!自分からは何も行動しないのだから、当然の結末だ、それが分かっているのに!頭ではこんなにも現実を理解しているのに!別に女子に興味がないってわけじゃないのに!
僕は一体何なんだ!!!
唯一女子の声を聞くのがアニメの少女たちだけ、その姿を眺めゲヒゲヒと醜い笑いをこぼすだけ、もう有り得ない程にグロテスクだ!この星=地球が美しい水の惑星だとするのならば、僕は、その大量の水=海に向かって誰かがしたオシッコの分子の一つだろう、ああ!汚らわしい!僕はこの世を汚している!
◇
そうは言えども、実際僕は必死に生きていて、この「何者かになりたい」という欲求に対してがっぷり四つに組んで戦っている訳で、そんな僕が自暴自棄になって汚言・暴言・その他諸々をまき散らすのを、許しはしなくとも、少しぐらいは理解して、あわよくば承認してくれるとありがたいです。勿論真っ向から否定して、僕の顔に泥で大きな大きなバッテンをつけてくれたって、構いません。
あなた方が美しい人生への道のりをズンズンと歩んでいく横で、僕は、在りし日に吹き飛んだ灰=僕の情熱や真面目さの燃えかすを必死に小箒で集めているんだろうと思います。そんな様子を見た時は、応援などはしなくて構いませんから、決して馬鹿になどせず、また汚言・暴言・その他の言葉をグッッッと飲み込んでいただき、温かい目で見守っていただけると幸いです。
◇
(2025 / 03 / 26追記)
人と関わりたくないよ、だって難しすぎるから。人の心を読めとか、読めないよ、そんなもの。こんなことばかり言っているから、自分は上手に生きていけないんだと気づきました。世渡りは自分で言うのもなんですが、うまい方だと思います(もちろん、閉鎖的な田舎の環境、横柄で粗野な人が多い環境という条件の中ではあるけれど)。それでも生きていくのは下手なんです。もちろん、やることなすことが悉く失敗して多額の負債を抱え、友人は一人もなく、妻と子には逃げられ…なんて絵にかいたような転落ストーリーがあった訳ではありません。ただうっすらと、ずーっとモヤモヤとしているんです、昔のある文学から引用するならば「えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧えつけていた。」といったところでしょうか(梶井基次郎の「檸檬」より引用)。なんてキザったらしいことを僕は書いてしまったんだろうか…。
自分の言葉で言うならばうっすらとした不幸感があるんです、しかし僕は堂々と「我は不幸な人間なるぞ!」と吹聴できる程の境遇にはありませんし、客観的には、非常に恵まれたとても豊かな人生を送ってきました、はっきり言って我儘です、その上で構われたがりで、依存体質で、気分屋で、人の陰口ばかり言うロクでもない人間なのが、僕なのです。
僕はこのことを自覚しています、自覚しているが故に厄介なんです、自覚しているということは、それ即ちその人の心に猶予を与えてしまうんです。猶予があればその人の心にのしかかっていた重り=責任やするべき事がどこかへ旅に出てしまい、今まで以上に心身そろって軽くなって、そしてより悪辣にその人自身を変えていくんです。ああ、なんてむごいんでしょうか、どこかで「救われるべき人は、救いたくなるような姿をしていない」という言葉を耳にしたことがあるのですが、全くその通りだと思います。
但し書きとして伝えておきたいのは、別に僕は救ってほしいなどとは思っていない事です。僕はこういう人間だし、そもそも人間がまるっきり、性格や人間性、果ては笑顔まで大変貌を遂げるのはあり得ません。もしあなたの周りにそういう人がいたとしても、その人は変わった訳じゃありません。根っこの部分ではなんら変わっていないんです、ずっと悪いやつのまんまなんです、なにか哀しい経験がその人を変えたように見えても、その実、その哀しみで自分の悪い部分が暴れるのを抑えているのです。
当たり前のことでしたが、あえて、自分への戒めも含めて書かせていただきました。
それでもよければご覧ください。
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最近は家に籠ってNETFLIXばかり見ている。はっきり言ってロクでもない生活だ。常にアニメを垂れ流し、気が向いたら洋画を見て、食事の際にはバラエティの音が延々と響き渡る。実に空虚である。人である素晴らしさとか、存在意義とか、なんのために生きるのかとか、そういう考え事をしていた僕の情熱および真面目さは、いつの間にやら燃え尽き、灰になって、冬の最後の悪あがきのような、からっ風に吹き飛ばされてしまったみたいだ。
それにどうやら学生生活も上手くいってないようで、春休みに入りはしたが、全くもって勉学にも励めず、交友を広めていく気配もない。今、手元にあるもので満足してしまっている。無気力で、懶惰だ。これでは生きている意味がないじゃないか。
交友と言う面でいうなら、春休みに入るまでの学生生活も散々である。決まった男子の友人としか話さない、そうだ、浮ついた話が一つも無いのだ。男子学生であるということは、それ即ち、有り余るほどの三大欲求の一柱をひた隠しにし、それでも隠しきれず漏れ出てしまう、その姿がまるで僕らの祖先のようであることから人呼んで「猿」、そういうものであるはずだ。
それなのに!!!
女子と全く話さないとはなんなんだ、もう少し会話を試みたっていいじゃないか!自分からは何も行動しないのだから、当然の結末だ、それが分かっているのに!頭ではこんなにも現実を理解しているのに!別に女子に興味がないってわけじゃないのに!
僕は一体何なんだ!!!
唯一女子の声を聞くのがアニメの少女たちだけ、その姿を眺めゲヒゲヒと醜い笑いをこぼすだけ、もう有り得ない程にグロテスクだ!この星=地球が美しい水の惑星だとするのならば、僕は、その大量の水=海に向かって誰かがしたオシッコの分子の一つだろう、ああ!汚らわしい!僕はこの世を汚している!
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そうは言えども、実際僕は必死に生きていて、この「何者かになりたい」という欲求に対してがっぷり四つに組んで戦っている訳で、そんな僕が自暴自棄になって汚言・暴言・その他諸々をまき散らすのを、許しはしなくとも、少しぐらいは理解して、あわよくば承認してくれるとありがたいです。勿論真っ向から否定して、僕の顔に泥で大きな大きなバッテンをつけてくれたって、構いません。
あなた方が美しい人生への道のりをズンズンと歩んでいく横で、僕は、在りし日に吹き飛んだ灰=僕の情熱や真面目さの燃えかすを必死に小箒で集めているんだろうと思います。そんな様子を見た時は、応援などはしなくて構いませんから、決して馬鹿になどせず、また汚言・暴言・その他の言葉をグッッッと飲み込んでいただき、温かい目で見守っていただけると幸いです。
◇
(2025 / 03 / 26追記)
人と関わりたくないよ、だって難しすぎるから。人の心を読めとか、読めないよ、そんなもの。こんなことばかり言っているから、自分は上手に生きていけないんだと気づきました。世渡りは自分で言うのもなんですが、うまい方だと思います(もちろん、閉鎖的な田舎の環境、横柄で粗野な人が多い環境という条件の中ではあるけれど)。それでも生きていくのは下手なんです。もちろん、やることなすことが悉く失敗して多額の負債を抱え、友人は一人もなく、妻と子には逃げられ…なんて絵にかいたような転落ストーリーがあった訳ではありません。ただうっすらと、ずーっとモヤモヤとしているんです、昔のある文学から引用するならば「えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧えつけていた。」といったところでしょうか(梶井基次郎の「檸檬」より引用)。なんてキザったらしいことを僕は書いてしまったんだろうか…。
自分の言葉で言うならばうっすらとした不幸感があるんです、しかし僕は堂々と「我は不幸な人間なるぞ!」と吹聴できる程の境遇にはありませんし、客観的には、非常に恵まれたとても豊かな人生を送ってきました、はっきり言って我儘です、その上で構われたがりで、依存体質で、気分屋で、人の陰口ばかり言うロクでもない人間なのが、僕なのです。
僕はこのことを自覚しています、自覚しているが故に厄介なんです、自覚しているということは、それ即ちその人の心に猶予を与えてしまうんです。猶予があればその人の心にのしかかっていた重り=責任やするべき事がどこかへ旅に出てしまい、今まで以上に心身そろって軽くなって、そしてより悪辣にその人自身を変えていくんです。ああ、なんてむごいんでしょうか、どこかで「救われるべき人は、救いたくなるような姿をしていない」という言葉を耳にしたことがあるのですが、全くその通りだと思います。
但し書きとして伝えておきたいのは、別に僕は救ってほしいなどとは思っていない事です。僕はこういう人間だし、そもそも人間がまるっきり、性格や人間性、果ては笑顔まで大変貌を遂げるのはあり得ません。もしあなたの周りにそういう人がいたとしても、その人は変わった訳じゃありません。根っこの部分ではなんら変わっていないんです、ずっと悪いやつのまんまなんです、なにか哀しい経験がその人を変えたように見えても、その実、その哀しみで自分の悪い部分が暴れるのを抑えているのです。
当たり前のことでしたが、あえて、自分への戒めも含めて書かせていただきました。
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ありがとうございました。春はすぐそこです。時間があれば花見に行くのが良いと思います。
ありがとうございました。春はすぐそこです。時間があれば花見に行くのが良いと思います。
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